週末の錦州旅行#1:千年の仏寺「奉国寺」で時を超える物語を探る

週末の錦州旅行#1:千年の仏寺「奉国寺」で時を超える物語を探る

はじめに|ゲームで見た幻想の地が、現実に現れた

今週末、夫と突発的に計画した錦州(ジンジョウ)※1 旅行。第一駅は、話題の中国ゲーム『黒神話:悟空(Black Myth: Wukong)※3 のロケ地としても知られる、遼寧省・義県(ぎけん)※2 にある「奉国寺(ほうこくじ)※4」。

『黒神話:悟空』は、中国の古典小説『西遊記』にインスパイアされたアクションRPGで、プレイヤーは「天命人(てんめいじん)」として旅に出る。その旅路の途中、神秘的な山寺や朽ちた仏殿が舞台になる場面があり、ゲーム中のビジュアルに惹かれたのが今回の旅のきっかけだった。

瓦屋根の曲線、霧のかかる巨大な大仏、梁に彫られた古風な文様……「これは本当に存在する場所?」と疑ったほど印象的なステージ。調べていくうちに、あの場面が奉国寺から着想を得ていると知り、いてもたってもいられず、実際に足を運ぶことにした。

そして訪れた奉国寺は、まさに“時間を超えた美”そのものだった。
1000年の歴史が刻まれた木造建築、9メートルを超える大仏たちの存在感、
戦争や災害を乗り越えてきた奇跡の保存状態――ゲームで見た“幻想世界”は、想像以上にリアルで、想像以上に感動的だった。

ゲームの舞台をただ“見に行く”だけでなく、そこで“何を感じたか”“何を受け取ったか”を記しておきたい。
そんな気持ちで、この「錦州旅行記」を始めます。

※1錦州(ジンジョウ):中国東北部・遼寧省にある地方都市。かつて満洲国時代には要衝だったが、現在は観光地としてはあまり日本人には知られていない。
※2義県(ぎけん):錦州市の郊外エリア。奉国寺がここにある。
※3奉国寺(ほうこくじ):1020年創建。遼代木造建築の代表例。中国でも数少ない“原型が残る千年仏寺”。
※4黒神話:悟空:2024年に発売された中国製ハイクオリティアクションRPG。西遊記を再構築した世界観と、映画並みのビジュアルで世界的ヒットに。

千年の時を超えた歴史の重み

中国遼寧省錦州市義県の中心市街地に佇む古刹・奉国寺。その創建は遼の開泰9年(1020年)にさかのぼり、当初は「咸熙寺」と呼ばれていました。日本で言えば平安時代中期にあたるこの時代、遼の皇帝・遼聖宗が母・蕭太后を偲んで建立したと伝えられています。

その後「奉国寺」と改名されたこの寺は、中国に現存する三大遼代寺院のひとつに数えられ、建築家・梁思成から「千年の国宝」と称されたほどの歴史的価値を持ちます。中国建築史においても極めて重要な存在であり、1961年には中国初の全国重点文物保護単位に指定。さらに2012年には、世界文化遺産の暫定リストにも登録されました。

境内に入ってまず圧倒されるのが、「大雄宝殿」に鎮座する7体の巨大な仏像。すべて9メートルを超えるスケールで、穏やかな表情とともに、空間全体に張り詰めた静けさを与えている。

驚くべきは、その素材と技術。黄土、糯米糊、草、麻を用いて作られた彩色木造仏像で、1000年前のオリジナルが今も残されている。色褪せた彩色の中にこそ、職人たちの魂と時間の厚みを感じ取れる。

災難を乗り越えた奇跡の生存物語

奉国寺はその千年に及ぶ歴史の中で、幾度となく自然災害や戦乱に見舞われながらも、奇跡的にその姿をとどめてきました。なかでも語り継がれているのが、1948年の激しい砲撃によるエピソードです。

義県の町が戦火に包まれた際、奉国寺の中心建築・大雄宝殿にも砲弾が直撃。屋根を貫いた砲弾は、正面に鎮座する釈迦牟尼仏の掌に落下しました。仏像の手は損傷したものの、砲弾は不発となり、建物全体の崩壊は奇跡的に免れたのです。

この“奇跡”を支えていたのは、48本の柱のみで支えられた榫卯(そんぼう)構造による柔軟な設計でした。釘を使わず木材を組み合わせるこの伝統工法が、衝撃をうまく分散し、数々の地震や戦火から堂宇を守ってきたのです。

まさに、千年の智慧が現代まで息づき、奉国寺を今日まで残しているのだと言えるでしょう。

ゲームとの共鳴:古代美と現代のコラボレーション

奉国寺の境内に一歩足を踏み入れた瞬間、どこか既視感のある世界が目の前に広がる。反り上がる屋根のシルエット、精緻な梁の彫刻、差し込む自然光が織りなす陰影。それらすべてが、まるで人気アクションRPG『黒神話:悟空』のワンシーンに入り込んだかのような錯覚を引き起こす。

ゲームに登場する仏教建築や神話世界の造形美は、決してフィクションの産物ではない。実際に奉国寺を訪れてみると、建物のスケール感や装飾の細部が、そのままゲーム中の空間に反映されていることに気づかされる。特に大雄宝殿の内部に足を踏み入れた瞬間、「これはあのステージの原型ではないか」と直感するほどの一致があり、プレイヤーとしての記憶と現実の風景が重なり合う、不思議な感覚に包まれる。

さらに言えば、CGで再構築された仮想空間では見逃していた“現実ならではの息づかい”──たとえば木材の香りや時間帯によって変化する光のグラデーション──が、実際の奉国寺では立体的に体感できる。デジタルの中で育まれた世界観が、現地で立体的な記憶として再構築される瞬間、それは単なる観光を超えた、文化体験へと昇華する。

古代の美と現代の想像力が、時を超えて響き合う。そんなコラボレーションを、私は静かに味わっていた。

奉国寺の対聯:建築の哲学に宿る「人としての生き方」

大雄宝殿の柱に刻まれていたのは、清代の建築学者・朱啓钤による有名な対聯。

是断是度是寻是尺、如切如磋如琢如磨

前半の「是断是度是寻是尺」は、一見すると建築における寸法の重要性を語っているが、実は「人の判断や生き方」にも通じる言葉だ。——何が正しく、何を基準とするか。分をわきまえ、軸を持って生きることの大切さを示している。

後半の「如切如磋如琢如磨」は、『礼記』に由来する言葉で、人が玉を磨くように自分自身を修めていくことを意味する。日々の選択や反省を通じて、少しずつ“自分という素材”を磨き上げていく——そんな自己鍛錬の精神が込められている。

一対の言葉が、建築の精緻さと人としての在り方を静かに結びつける。それは、建築物を“見る”という行為から、“感じる”という体験へと変える力を持っていた。

おわりに

今回の奉国寺体験は、ただの“聖地巡礼”ではなかった。ゲームを通して興味を持った建物に実際に触れ、その中で歴史や哲学、そして自分自身の価値観と向き合う——まるで小さな巡礼のような旅だった。

次の目的地、錦州中心部ではどんな物語が待っているのだろうか。
この旅は、まだ始まったばかりだ。