POP MART(ポップマート):中国発グローバルIP企業の軌跡~2000億香港ドル時価総額への成長~

POP MART(ポップマート):中国発グローバルIP企業の軌跡~2000億香港ドル時価総額への成長~

2025年3月、バンコクの「セントラルワールド」では限定版LABUBUを求める買い物客が行列を作り、パリ・ルーブル美術館近くのショーウィンドウには東洋的なデザインのフィギュアが並んでいた。

設立からわずか10年の中国発ブランド「ポップマート」は、驚異的なスピードで世界のトレンドトイ市場の地図を塗り替えている。バンコク旗艦店では1日で2億円超を売り上げ、リアーナやベッカムなどのセレブリティが自らSNSでコレクションを披露。時価総額はついに2,000億香港ドルを突破した。

Photo by Dushawn Jovic on Unsplash
世界的現象IPとなったポップマートLABUBUシリーズ

01 ビジネスモデルの進化:ガチャからグローバルIPエコシステムへ

ポップマートの成長は、中国ブランドが世界市場に挑む軌跡そのものだ。2024年の決算によれば、海外売上高は前年比375%増の50.7億元(約1,073億円)に達し、総売上高130.4億元(約2,760億円)の38.9%を占めた。

主要IPを中心に、長期的なエコシステムを構築。THE MONSTERS(LABUBU含む)、MOLLY、SKULLPANDA、CRYBABYの4大IPは、それぞれ10億元(約212億円)超の売上を達成。

LABUBUは前年比726.6%増でトップIPに、CRYBABYは1,536.2%増となり「次世代ブレイクIP」として注目されている。

海外展開は「東南アジア→北米→欧州」の三段戦略。タイでは観光地連動型の店舗を展開し、パリではルーブル美術館とのコラボを実施。北米ではTikTok戦略が奏功し、オンライン売上は5,779.8%増と爆発的に伸長。

プロダクトカテゴリーも進化。2024年のガチャ比率は53.2%に低下し、代わりにぬいぐるみ(前年比1,289%増)、MEGAシリーズ(146%増)が成長を牽引。LABUBU座りフィギュアは、自社開発素材「ビニルクロス」により変形問題を克服し大ヒットとなった。

この変化は、(1)製品販売→IP運営、(2)チャネル拡大→体験浸透、(3)中国内市場→グローバルエコシステムへの進化を示している。

02 資本市場の評価:成長性が支えるバリュエーション

ポップマートは資本市場でも注目を集め、2025年3月の決算発表日に時価総額2,000億香港ドルを突破。年初来で株価は340%以上上昇した。

JPモルガンは2025年6月、目標株価を250香港ドルから330香港ドルに引き上げ。上半期の純利益は35億元(約741億円)に達すると予測し、前年通期を上回る見通しとなった。

成長性に比して評価は控えめで、業界平均のPEGレシオが1.9倍に対しポップマートは1.5倍と、割安感も評価されている。

株価上昇の要因には、(1)7月の増益予告、(2)Labubuアニメの配信、(3)AI連動玩具の発売などが挙げられる。

収益性の改善も顕著で、2024年の粗利率は5.5ポイント上昇し66.8%に到達。規模の経済が実を結びつつある。

一方、PER73倍超という高水準に対してはバブルリスクを懸念する声も。創業者王寧氏らによる株式売却もボラティリティを増幅する可能性がある。

しかし、海外売上高が2025年中に100億元(約2,117億円)を突破すれば、現在の時価総額はスタート地点にすぎないとの見方もある。

03 プロダクト経済学:感情・希少性・体験を軸にした設計

ポップマートの製品設計は、行動経済学の知見を巧みに活用している。ヒットの要素は以下の3軸に集約される:

ドーパミン誘発設計:ガチャの「開封のドキドキ」が脳内報酬系を刺激。出現率1/144のレアアイテムを求める平均リピート率は49.4%。LABUBU 3.0「本我」は中古市場で10倍超の価格に高騰し、資産性が評価されている。

感情価値の可視化:尖った耳とギザギザの笑顔が特徴的なLABUBUは、Z世代の「ブサかわ」美学に刺さる。タイ観光庁からは「アメージング・タイ体験官」に認定。CRYBABYの「涙」デザインは、経済不安の時代に共感を生む。

ソーシャル拡散設計:「#Labubu着せ替えチャレンジ」などでUGCが活発化。TikTokでの開封動画は100万回再生を超え、セレブのSNS投稿も後押し。

「感情・交流・投資」の三要素が結びついた価値体系が、従来のトイライフサイクルを超越している。

04 未来戦略:IPライフの長期化と文化対応

LABUBUブームの次を見据えたポップマートは、IPライフサイクルの延長と地政学的課題への対応を進めている。

IPの大量生産体制:アーティスト契約から商品化までを6ヶ月以内で実行。CRYBABYではレア率を1/72に設定し、AR開封演出で飽きさせない工夫も。

アニメ化による「物語×商品」の強化:『Labubuと仲間たち』の配信で、ディズニー型ビジネスモデルを構築へ。

グローバルサプライチェーン:模倣品対策としてベトナムに工場を設立し、生産能力を月20万個→500万個に拡大。

文化的適応:「中国製」イメージを和らげるため、欧州・香港出身のデザイナーを前面に。現地スタッフによる共同開発も進め、「脱・中国タグ」戦略で摩擦を回避。

関税問題で北米では27%の値上げを余儀なくされたが、地政学的リスクを見据えた体制整備が進行中。

05 経済的インプリケーション:中国発「感情の輸出産業」

ポップマートの成功は、中国ブランドが「製造力」だけでなく、「感情を通じた文化の共鳴力」を持ち得ることを示している。

全世界100%以上直営体制を維持し、会員制度もグローバルで展開。米国では170万人の会員が平均42%のリピート率を記録している。

これはデザイン(上流・香港/欧州)、生産(中流・ベトナム)、販売(下流・現地)を繋ぐ「感情産業チェーン」の統合モデルといえる。

粗利66.8%、海外売上375%増という実績が、それを裏付ける。

リアーナのInstagram投稿がLABUBUの人気を押し上げ、モルガン・スタンレーはCRYBABYを「新時代のハローキティ」と評した。

2025年、王寧CEOは「海外で第二のポップマート構築」を掲げ、新たな成長ステージへと突入。中国市場主導の第1曲線から、世界共創の第2曲線へのバトンタッチが進行している。

リスク要因はIP管理、地政学、資本市場の波など多様だが、ルーブル美術館の横でLABUBUが並び、CRYBABYの涙がZ世代の共感を得ている現実は、「中国ブランドの文化パラダイム」は、すでに世界で受け入れられ始めていることを示している。